ベートーベン/Vn協奏曲 冒頭の4つのティンパニーの音を聞いただけでこの盤のリマスターの素晴らしさがわかる。ティンパニーの皮の種類、締め具合、スティクの種類まで聞き分けられそうな音だ。コンセルトヘボウ管の弦セクションの美しさ、楽器の分離も際立っている。 しかし、1楽章を聴きとおしてみると不思議な感じを持った。バイオリニストの「心の熱さ」というか体温がほとんど伝わってこないのだ。技術的にどこという破綻があるわけもない。むしろややゆったり目のテンポで念を押していくような歌い方でやや生硬な音だが、十分に美しい音色なのだがバイオリン特有の「色気」が感じられない。もちろん、ムターのような感情のこもった演奏は極端な例かもしれないが、しかし、これでは無表情すぎないか。インテンポでポルタメントがかかるところもない。 2楽章はベートーベン音楽の中でも静謐で美しい旋律美にあふれた楽章だ。ベートーベンは協奏曲以外でも交響曲第2番の2楽章や弦楽四重奏でも美しいメロディーの作品を残しており、シェリングはここでも丁寧の一語に尽きる演奏ぶりである。バックもハイティンクらしく独奏者に寄り添うようにテンポを動かさずじっくりと丁寧な演奏である。ここでも動かないテンポのため「歌う」という点で物足りなさが残る。やるべきことは全てやっているのである。この楽章で「踏み外し」というのはおかしいがもう一つ「突き抜ける」何かがほしいと思うのは欲が深すぎるだろうか。沈着冷静な模範的な演奏である。録音はここでも美しい弦の広がりやホルンをはじめとする管楽器群の音に奥行き感があり、加えてコンセルトヘボウのホールの素晴らしい響きを遺憾なく聴かせてくれる。 3楽章への移行ももっと弾むような「入り」を期待したがやはりここでも「ほど、ほど」である。楽譜を見ているわけではないがおそらく正確に引いているのだろう。でも、「正確」が演奏のすべてではないだろう。 この演奏以外にもシェリングのベートーベンはイセルシュテット/ロンドン響(1965年録音)の名演といわれるものもあって、こちらはレコード時代に何度も聞いているがその時はあまり感じなかった「物足りなさ」を今回、格別音の良いCDで聞いてみてその原因に気付いた。この盤が出るまでシェリングの演奏というのはしばらく「忘れられた演奏」になっていたのではないか。おそらくこの新たなリマスター盤によって見直されることになるだろうが、今はCDも手軽な値段で聞けるようになりいろいろな演奏家の演奏が聴ける今、この盤が「いま」自分に問いかけるものは、演奏の持つ「新しさ」とは、「普遍性」とは、ということだった。 因みに両演奏の演奏時間を並べてみると次のようになっていた。 旧録音 1楽章25:26 2楽章10:16 3楽章9:48 新録音 1楽章26:14 2楽章9:33 3楽章10:17 #
by classical-clatter
| 2014-10-27 22:43
| 協奏曲
パウル・クレツキ/ベートーベン/交響曲第1~9番/チェコ・フィル
重厚・長大型の演奏とは対照的な内声部がくっきりと聞き取れ、強い主張が聞かれるものではないが、オーソドクスな所謂、正統的な演奏である。以前より聞いてみたいと思っていた録音で、たまたま中古専門店に寄った際、1300円で購入。これは予想以上の感銘を得られ、掘り出し物であった。 60年代中期の録音なのでやや高音で刺激的な音(第3番の出だしや5番の4楽章)となることもあるが、全体的としては好録音の部類だろう。スプラホンレーベルとしては上出来。それともデノンのMSソニクマスタリングの成果だろうか。 ポーランドの指揮者で1973年、73歳で亡くなってしまっており、私がまだ大学生だった頃でコロンビアから1000円レコードが発売され、そのシリーズの中に確かこのベートーベンも含まれていたとことを思い出す。だからイメージとしては、一流というよりは少しマイナーな指揮者というイメージ。勝手に思い込んでしまっただけですが。 ドイツの指揮者によくある低音の上にメロディーを乗せていくやり方ではなく、程よいバランスで各楽器が鳴らされており、各楽器の歌い継ぐ様子もさりげなく、聞き心地が良い。1.2,4.7番はその良さが特に顕著。解釈は特に粘るでもなく、歌いすぎるでもなく、中様の『美』といったところだろうか。しかし、だからといって個性がないということではなく歌うべきところは歌い、あえて言えば「大見え」を切ることはない、というべきか。それと音楽が自然に流れており、私の注目指揮者の一人でもあるイヴァン・フィッシャーの様に録音としては素晴らしく、よくかんがえられているとは思うものの音楽流れは不自然で聴き手の集中力をそぐタイプとは一線を画しているような気がする。 また、近年の個性的なマエストロ、ティレマン(時代主義的な演奏)やプレトニョフ(個性的な解釈による演奏)のような強烈な個性は感じられないが、却ってそこが『美点』だと思う。ベートーベンの音楽が「素直」に鳴り響いている。 もっと見直されてもよい演奏ではないだろうか。 #
by classical-clatter
| 2012-10-23 19:25
| 交響曲
UCCG5011
モーツアルト/交響曲第40,41番 ジェイムズ・レヴァイン/ウィーンフィル 1989年の録音であるから録音されてから、かれこれ20年が経過しているわけである。今頃そんな演奏のレビューもないだろう、というかもしれないが聞いてなければ個人的には新録音である。言い訳とこじつけではあるけれど… さて、当時も評判は良かったと記憶している。アーノンクール、ガーディナー、ピノックなどの古楽器によるオーセンティックな演奏が台頭してきた時代にレヴァインは、Vnの第一と第2を対向配置に、楽器編成を小さめにするなどの工夫をし、楽譜通り繰り返している。リピートは成功しているのか、どうか、個人的にはこれはしなくとも、と思わないこともない。やや冗長な感じがするので。アーノンクールのようにウィーンフィルにオーセティツクな演奏を求めず、現代楽器の良さを生かして弦にはブィブラートを利かせた演奏を要求している。テンポもまさに「適当」な早さだ。編成が小さいので音の分離、各楽器のつながり方もよく聞き取ることができ、センスの良さを感じさせてくれる。古楽器のオーセンティックな演奏でよく耳にするティパニーや金管の大暴れありませんからある意味安心して聞けます。しかし、決して刺激が無い、という意味ではありませんので念のため。 日本では、レヴァインのようなアメリカの指揮者はどうしてもメジャーにならない。クラシックはヨーロッパ、という日本人特有の思い込みがなせる技なのだろうか、古くはオーマンデーやストコフスキーなど、あげるときりがない。あのマエストロ/ジョージ・セルだって、70年の大阪万博にもしも来日していなければ評価はどうなっていたか。かのバーンスタインことレニーだってコロンビア・ソニーの時代はマーラーの演奏だけが高く評価され、NYPとのベートーベン全曲は忘れられていた。レニーのベートーベンはヨーロッパに拠点を移し、ウィーンフィルと録音して初めて評価されたのではないか。NYPとのベートーベン全曲だって、少し荒削り感じはするものの若々しいエネルギーが横溢した良い演奏だと思うのだけれど。 ところで、レヴァインはご存じのとおりメトの音楽監督であり続けている。メトのオケで録音したベートーベンの「英雄」だって-あるんですよ、ベートーベン交響曲の正規録音はこれだけですけど-中々ユニークで捨てがたいのに其の存在さえあまり知られていないのではないでしょうか。やはり音楽に限りませんが、妙な固定観念をもって接してはいけないのですよね。 #
by classical-clatter
| 2010-03-29 20:33
ブルックナー/交響曲第5番 セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル
(altus alt138/9) 「東條宣夫氏が幻の名演奏」という著書でこの演奏を紹介している。チェリ(以下このように表記)も80年代中頃まではこの録音に聞かれるようにブルックナーだからといって超遅速で哲学的な(?)演奏をしていたわけではなかった。70年代、シュットガルト放送響を振った演奏がNHKのFMでしばしば流されており、私も当時の流行のエアチェックしながらチェリのハイドンの後期交響曲やベートーベン第4番、ブルックナーの第4番や第7番などを「いい演奏だな」と思いつつ聞いていたことが懐かしく思い出さる。音楽の構造が細部まで見通せるような演奏スタイルは晩年にいたるまで変わらなかったように思う。どこがどう、というわけではない。これはチェリのブルックナーなのだ。ブルックナーの演奏は指揮者の顔が見えるものとそうでないものがあるように思うが如何。その最右翼がカラヤンとこのチェリではないか。(チェリにしてみれば天敵カラヤンと並べられるのは心外ではあろう。しかし、質が違うものの音を究極までに磨き上げるところは似てはいまいか。) 70年代のチェリの演奏で珍しいところでは、アルゲリッチをソリストに迎えてのシューマンのピアノ協奏曲(もちろん放送音源)、この演奏などは二人の超個性的な演奏家同士のまさに真剣勝負の演奏で、それはされはスリリングな演奏。チェリ、厳格でベームと同じく「小言辛平」か、と思うとそれだけでなく独特な「美」の感覚も持ち合わせているところがベーとの相違。 当時の演奏スタイルは、晩年のミュンヘン時代に神のように崇められ、超遅速な演奏していた時とは異なり多少ゆっくりでも、他の指揮者の指揮からは聞こえないような音や響きを聞かせていた。 ブルックナーで言うなら本流はヨッフムやマタチッチ、そしてヴァントや朝比奈らであろうが、明らかに音楽の組み立て方、響かせ方が違う。そこが私のようなアンチ・ブルにとっては何とも新鮮に響いて、心地よかったものだ。それと本人が得意していた割には晩年まではブルックナー指揮者とは思われていなかったではないだろうか。 #
by classical-clatter
| 2010-03-23 15:06
ヴェルディ/歌劇「アイーダ」 ペーター・コンヴィチュニー 演出 アイーダ(エチオピアの王女):キャサリン・ネーグルスタッド アムネリス(エジプトの王女):イルディコ・セーニ ラダメス(エジプトの司令官):ヤン・ヴァチック ラムフィス(祭司長):ダニロ・リゴザ 指揮:ウォルフガング・ボージッチ 合唱指揮:大勝秀也 管弦楽:東京都交響楽団 合唱:東京オペラシンガーズ、栗友会合唱団 4月17日、オーチャードホールでの演奏会を聞いてきました。舞台は簡素の一言。凱旋場面の「豪華絢爛」、衣装の「エギゾチズム」、主役の3人の愛の「ロマン」と「愛憎劇」、普通ならこのオペラに使われるどの形容詞も100%ぴたりと当てはまらない。予想していたが舞台装置による場面転換らしきものは殆ど無く、シンプルにしてユニーク。オペラに「夢」と「ロマン」を期待する向きには120%裏切られること請け合いだ。そして、当然予想された結果なのだが、演奏には「ブラボー」、演出にはコンヴィチュニーが舞台に現れた途端、会場を満たした「ブー」の声に象徴されていた。個人的には数は多いとはいえないオペラ体験とはいえカーテンコールの無い舞台、そして演出に対する強い「ブー」に満ちた舞台は初の体験となりました。控えめなはずの日本人もここまでやる時代になったんですね。 コンヴィチュニーといえば、初演のときに観客からモノが投げつけられる、といったスキャンダラスな「伝説」に事欠かないんだそうで、94年、オーストリア・グラーツで制作された「アイーダ」の初演も例外ではなかったんだそうです。しかし、その「アイーダ」は再演を重ね、10年以上の時を経ているのだといいます。10年続けば普通は「名演出」の範疇でしょう。 さて、肝心の歌と演奏です。アイーダ役のキャサリン・ネーグルスタッド。美声と美貌(びぼう)を兼ね備えた21世紀のスターというキャッチは伊達ではなかった。時に可憐、時に堂々たる歌唱。相手役ラダメスを歌うテノールのヤン・ヴァチック、メタボ気味の体形にさえ目を瞑れば堂々たる押し出しと美声で聞かせてくれた。一部少し不安定な歌唱も聞かれたとはいえ、たいした傷とはいえない程度。エジプト王のコンスタンティン・スフィリス、祭司長ラムフィス役のダニロ・リゴザらの脇役も堂々たる歌唱でヴェルディの歌の世界を充分堪能させてくれた。 演出にも触れておかねばそれは不公平というもの。額縁つきのこぢんまりとした舞台と白い背景、そこに置かれた対照的な赤いソファ、衣装も現代風の軍服にドレス。 舞台背景は違えど「所詮は「アイーダ」とはこういう人間ドラマだ」と主張しているようにも感じました。王冠もクリスマスで使う安っぽい紙の三角帽、これも権威の象徴を皮肉っているようにも感じましたが如何なもんでしょうか。女性は現代にも通じる姿を、男の方はどちらかというと戯画的に描かれいるように感じましたが演奏評を聞いてみたいものです。 「アイーダ」で描かれる愛の世界、戦争の悲劇を今、日常の世界で起きている現象に置き換えようとしているでしょうか。圧倒的な「ブー」に満ちた会場となってしまい私としても演出に酔うことはできませんでしたが、ヴェルディの音楽には充分堪能できたことを報告しておきたいと思います。それと都響、大健闘をつけ加えたいと思います。 #
by classical-clatter
| 2008-05-19 11:03
| オペラ
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